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最近では干瓢を作ってるところはないような気がする。作ってた地域は栃木県の上三川町(かみのかわ)、石橋町、薬師寺、小金井あたり、夏の間だけの農作業です。
夕方から瓢(ふくべ)の採集と同時におしべを取ってめしべと交配させる。瓢は5㎏程度これを背負った籠に数個いれリヤカーまで運ぶ。畑の地面いたるところにツルが這っていて、これを踏まないように回る。踏んだって分リャしないと”踏むな!”怒鳴られる。
朝、4時頃からの作業となる。まだ暗い。問題は天気!今でこそピンポイント天気予想があるが、当時の「栃木県今日は晴れ」なんてのは当てにならない。作業を始めるかどうかを親父がいないので長兄が決断する。方法は簡単2軒隣りの家が作業を始めたら当方も始める。”あそこのジイさんは間違いない”なのである。
理想は太陽が上がりきる前に干し終わってること、終わってから朝飯となる。小学生の頃は前の道を通る豆腐屋からおかずの納豆を買うのが役目だった。
昼、干し加減によって2枚重なってるのをはがす、手作りの道具を使ってた。終わったら昼寝である。問題はこのあとの天気、なにせ雷、夕立の多いところ、雷はこの地では”雷様(らいさま)”といい、またこの稲妻と音はハンパではない。
私見だが"様"を付けるのは雷が来るほど天気が良く干瓢が乾く所以でないだろうか。
写真のバックに注目してください。干瓢が干されている昼ごろです。
夕方、2本の細い竹をまたぐ格好で並べ干した干瓢、1本の竹にはがす作業となるが、乾き過ぎているとはがれない、湿度が上がってくるのを待つ。夕立のときは悲惨、いっせいに小屋に取り込み、小屋の中でのはがし作業となる。
夜、小屋の中に収められた干瓢の下で硫黄を燃やす、殺菌のためである。次の日もう一度これを干して完成品となる。
お寿司の”かんぴょう巻”美味いと思うけど、騙されたと思って”ワサビ入りで巻いて!”と頼んでみて下さい。