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30代前半に3人の合金に熱き思いに満ちた方にお会いした。
一人は柔道五段、一見豪快そのもの、警察官は教え子だから外で飲んで帰れなくなるとパトカーが家まで送ってくれたりする。これをカミさんが嫌がってたと。私は上司から今後の希望を聞かれ”今欠けてる40代の人に来て欲しい”と、でこの方が営業部長としてきた。私はこの人を理解するのに相当の時間がかかってしまった。
「昨日さぁ、ダンナがこの会社で亡くなったんだけど、息子の非行のことで相談したいって言うから行ってさ、息子を位牌の前まで引きずってぶん殴ってきた”親父が泣いてる”ってさ」・・・・・なんという人だろう。
「君は面白い、オレがいろんな人に引き合せてやるから」と、、、意味があったなぁ。
残念だけど、、、43歳直腸がんで亡くなった、、、。
一人は吉祥寺の方、合金溶解の様を熱く語った。よく情報をくれてその後情報処理の勉強をしてとうとうオフコンの営業企画の分野に来てしまった。ディラーの販売教育とかその帰りに私の家に寄って資料をくれたり、「こざさ」の最中を持ってきたこともあった。付かず離れずの距離感を持って接してくれて和ませてくれた。定年後3年ほどして弟殿から亡くなったとの通知が届いた、、、。
一人は前2者の上司の方、中野から通勤してて一緒の電車になった。ある日の朝のこと大雪で八王子止まり、降りて喫茶店に入った。
「あなたのことは聞いてますよ」と、エッん?
「思いが相手に伝わらない、、、自分が下手だと思うことですよ」そんなぁ、、、
実に優しく接してくれ、一度飲みに行くことを約束、しばらくして飲みにいった。
それから15年後、この方は合金部を分離して設立した子会社の専務なってた。経緯はさておきこの会社のシステム開発に入り込めとの上司命令!こっちはその気はさらさらなく、でも連絡せねば、、、。
「○○です、お会いして15年になりますが」無理だよなぁ、、、
「ハイ、○さおさん?お久しぶり」あぁ、負けた、何で下の名前がすらすら出てくるの?
「で?仕事やらせろってこと?」アリァばればれ、
「いいえ、その彼なら私が知ってるSEです、大丈夫です」と、ひやひや。
・・・・・・・58歳で他界した、、、私そのとき51歳、空しくなった、、、。
この3人の方は大なり小なり私に影響を与えてくれた大切な出会いの合金マンでした。

