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母の実家が国分寺、ここに蓄音機があった。レコードも沢山あって、6歳の頃の記憶で好んで聞いたのは「天津羽衣」の浪曲でした。”トトさんの名は十呂兵衛カカさんの名は・・・”ってえっとー名作なんだっけ。その母は時折琴を弾いてた。そんなガキの頃の記憶が音楽をする切っ掛けになったと思う。だけど身の回りには浪曲、演歌”チャンチキおけさ”あと落語でしたね。
中学2年の1学期、急激に身長が伸び膝の関節がおかしくなって休んだ。治っても学校に行く気がせず1学期間全て休んだ。次兄の弾いた”禁じられた遊び”を自分が弾いてみたくてギターを弾き始める。ダメだしされてまた練習と、のめりこんでいった。ギターを弾けることが学校で知られ、とうとう人前で弾く羽目になったけど意外と平気なもの。それより、音楽の成績が突然”5”になったのには驚いた。”んないい加減じゃない”
この頃ラジオから流れてきたビートルズに衝撃を受ける。なんという旋律、コード進行・・・自分には近づけないと感じる。来日武道館ライブを映りの悪いテレビで見た、、調律してると突然曲が始まる。”なんでぇそんなことができるのよ?”まだ「音感」なるものを自覚していなかったと思うなぁ。譜面を必死で弾いて覚えて何か作曲者と対話してるような感覚が面白くなっていったかな。
どうしてもリズムに乗り切れないのは育ちのせいと決めている。譜面を買ってきて挑戦したけど、ボサノバを乗って弾くなんてやっぱぁ無理だって!。
世の中に自分は音痴だと思ってる人が沢山いますが、幼児体験の影響はあると思うんです。でも合奏ではテンポ音痴が致命的で、まわりに迷惑をかけることになる。私は正直無理なところは弾いてる振りをしている。年の功と言うかごまかしがかなり上手くなってる。

